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名古屋地方裁判所 昭和44年(ワ)627号 判決 1973年11月02日

原告

都築功

外一名

右訴訟代理人

太田耕治

被告

ザ・ニューインデイアアシニアランス・カンパニー・リミテイツド

右日本における代表者

平剛

右訴訟代理人

岩田孝

外二名

主文

一、被告は、原告都築功に対し金四二万三、一五五円、原告都築清美に対し金一四万五、八〇三円、および右のうち、原告都築功に対する金三八万五、一五五円、原告都築清美に対する金一三万二、八〇三円については昭和四四年三月一四日から、原告都築功に対する金三万八、〇〇〇円、原告都築清美に対する金一万三、〇〇〇円については、本判決言渡の翌日から、各支払ずみまで、各年五分の割合による金員を附加して支払え。

二、原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は原告ら勝訴部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告都築功に対し金四二万三、六七〇円、原告都築清美に対し金一四万六、〇八三円、および、右各金員に対する昭和四四年三月一四日から支払ずみまで、各年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告都築功は、昭和四一年八月一四日午後二時頃、自己所有の自動車に原告都築清美(当時婚約中にして春日井姓)を同乗せしめて運転中、岡崎市八帖町地内国道一号線の交差点にさしかかり、右折するため右交差点中央附近に停車中、訴外矢田徳男の一方的前方注視義務違反により同人の運転する普通貨物自動車(三河四そ五二八九号)に追突され、その反動により前方へ進出したところ、たまたま反対方向より進行してきた訴外黒川晃の運転する普通乗用車に激突された。

右事故により、原告功の自動車は大破し、原告功は頸椎むち打ち損傷を、原告清美はむち打ち損傷を蒙つた。

2  前記事故により、原告功は慰藉料金七〇万円に相当する精神的肉体的苦痛を受け、原告清美は慰藉料金六五万円に相当する肉体的精神的苦痛を受けた外、原告清美は右傷害のため勤務先を長期欠勤するのやむなきに至り、金八万八、〇〇〇円の得べかりし利益を失つた。

3  そこで原告らは、第1項記載の事故により、第2項記載の損害を蒙つたことを理由として、過失によつて右事故を惹起した訴外矢田徳男を被告として、原告功は金七〇万円およびこれに対する遅延損害金を、原告清美は金七三万八、〇〇〇円およびこれに対する遅延損害金の支払を求める訴を名古屋地方裁判所岡崎支部に提起し、右事件は同支部昭和四二年(ワ)第一〇八号事件として係属した。しかるところ、訴外矢田徳男の運転していた自動車には保険金額を金三〇〇万円とする被告の自動車保険(任意保険)が付せられていた関係から、被告の顧問弁護士である岩田孝弁護士が訴外矢田徳男の訴訟代理人となつて訴訟進行中、昭和四二年一〇月一六日右事件について訴訟上の和解が成立した。その和解条項は別紙のとおりである(右和解条項に被告とあるは訴外矢田徳男である)。右和解はその成立前に、訴外矢田徳男に対し被告が明示の同意を与えていたものである。

4  しかるに、不当にも訴外矢田徳男は右債務を履行しなかつたが、その事情を調査したところ、被告が右和解成立後に至つて同条項に定める金員を支出することを拒んだため、訴外矢田徳男もまた履行不能の状態となつたことが判明した。

5  よつて、やむなく原告両名は、まず自賠責強制保険金を請求した結果原告功において金八万二、〇五八円を、原告清美において金三二万八、六五七円を受領し、これを前記和解に基づく請求金額に充当し、残余分は原告功につき金三八万五、一五五円、原告清美につき金一三万二、八〇三円となつた。

6  右残余分は、本件交通事故によつて訴外矢田徳男が原告らに支払うべき金員であり、これによつて訴外矢田は同額の損害を蒙つたことになるから、訴外矢田と被告側の損害保険契約により、被告は右金額を訴外矢田に支払うべき債務を負担するに至つたものである。そこで原告らは訴外矢田の被告に対する右債権を取立てて、債権に充当すべく、名古屋地方裁判所岡崎支部に対し債権差押ならびに取立命令を申請したところ、同裁判所はこれを容れ、訴外矢田が被告に対して有する債権(原告功分金四一万七、九四二円、原告清美分金一七万一、三四三円―上記金額は原告功分については金三万二、七八七円、原告清美分については金三万八、五四〇円過大であるが、これは和解条項中の治療費の差引を誤つたためであり請求原因第5条の数字が正確である)を原告らが直接取立てることを許可した。

7  しかるに被告は、右債権取立命令と同時に送達された陳述命令にも応せず、また電話で右取立命令にかかる債務の支払を拒絶する旨原告らに申出たので、原告らはやむなく右取立命令のあつた債務の支払を求めるため、本訴に及んだ。

8  なお、前述のとおり原告らと訴外矢田間の訴訟上の和解は、被告はこれについて事前に同意し、その旨両者間に申出ていたものであつて、現在被告がその支払を拒絶することは、一般常識上も商業道徳上も許さるべきではなく、原告らが本訴の費用および報酬として原告代理人に支払うことを約した訴求額の一〇パーセントの金員は、当然不法行為を原因として彼告に訴求し得べきものである。

9  よつて原告らは、被告に対し、請求の趣旨記載の各金員ならびにこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで、民法所定各年五分の割合による遅延損害金の支払を求める次第である。

10  なお、訴外矢田と被告間の保険契約は名古屋市中区錦一丁目三番地に存在する被告の営業所に関するものである。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、本件事故が訴外矢田徳男の一方的過失によるものとする点は否認、その余は認める。同訴外人に大半の過失はあつたけれども、訴外黒川晃にも信号を無視して通行した過失があつた。

2  同2の事実中、金額に関する部分は否認、その余は認める。

3  同3の事実中、原告らが名古屋地方裁判所岡崎支部にその主張のごとき訴訟を提起し、事件係属したこと、訴外矢田徳男運転の車両につき、被告との間で保険金額を金三〇〇万円とする自動車保険が付せられていたこと、岩田弁護士が右訴外人の代理人となつて訴訟進行中、原告ら主張の日にその主張のような内容の和解が成立したことは認め、その余は否認する。

4  同4の事実中、右訴外人が和解内容どおりの履行をしなかつたこと、被告が和解内容の金員を直ちに支払うことを拒んだことは認め、その余は否認する。

5  同5の事実中、残余金額の現存は否認し、その余は認める。

6  同6の事実中、原告主張のとおり債権差押、取立命令の申請がなされこれにつき原告主張の取立命令が出されたこと、および計数の主張は認め、その余は否認する。

7  同7の事実および主張中、被告が陳述命令にもとづく陳述はこれをしていないが、支払拒絶をしたことは認め、その余の主張は争う。

8  同8、9の事実および主張は争う。

9  同10の事実は認める。

三  被告の主張

1  原告らは、被告において本件和解につき事前に黙示の同意を与えていた旨主張するけれども、そのような事実はない。ただ、和解の当日、被告会社の一係員が名古屋地方裁判所岡崎支部に出頭しており、和解案として出ていた原告ら各自の損害額を各金五〇万円とするについて、右係員において、右各金額ならば自賠法による強制保険金額の限度内であるため、その未払額たる原告都築功につき金四六万七、二一三円、同都築清美につき金四六万一、四六〇円は自賠責の保険から支払つて貰えるはずだ、と説明したに過ぎない。

しかし、右の説明自体は必ずしも原告らに対するものではなく、同訴外人に和解を了解せしめるためのものであつて、したがつてまた、他方右和解をする際、被告会社は加害者たる同訴外人に対し、先ず訴外人の方で和解金額を支払い、しかるうえ強制保険金の支払請求するように申入れ、その承諾を得た。そして、この手続を被告会社で便宜代行することとし、双方当事者に必要書類の提出を求めたが、訴外人の協力が得られず、他方また、右訴外人は右和解金額を支払らわず、また、自ら強制保険金の支払い請求もせず、和解条項を履行していないので、原告らより被告会社に対し、和解内容の実現方を度々請求せられたため、それならば原告らにおいて強制保険金の被害者請求をしたらどうか、と勧めた。そこで原告らは、右勧告にしたがい請求原因に記載のように強制保険金を請求したところ、査定事務所の方で和解金額を認めないため問題となつた。その折、原告らは一部しか強制保険金が出ないこと、また、それで異議なきことの承諾書に捺印(いわゆる査定承諾書と呼ばれるものに当る)を求められ、このことを被告会社に連絡してきたので、被告会社では右承諾書に捺印をしてはならない旨を指示しておいたにもかかわらず、原告らは他に請求権なきことを認めて無断捺印してしまつたのである。

以上のごとき事実関係からすれば

2  第一に、被告と訴外矢田間の任意保険契約には、自動車保険普通約款が適用されるものであるが、同約款第二章賠償責任条項第一条第二項によつて、任意保険金は、損害の額が自賠責保険によつて支払われる金額を超える場合にかぎり、その超過額をてん補するのみ、と定められている。しかるところ、本件和解の金額は、いずれも自賠責保険によつて支払われる金額を超過していないから、右約款により、被告は訴外人に対する損害をてん補する責任がない。したがつて取立命令の対象となる債務は存在しないものである。なお、右の「支払われる金額」というのは、「支払われた金額」でないことはもちろんであつて、このことは、同条同項が自賠責保険を締結していない場合について「支払われるべき金額」としていること、本件のような自賠責保険金の無断一部放棄の如きを任意保険の保険会社が認めるはずがないこと、任意保険が上乗せ保険と呼ばれることからも明白な保険契約当事者の意思等からして、明らかである。実際問題としても、国家的制度による自賠責保険が不当に支払いを拒否されたときは、先ず当事者がよく交渉し、なおかつ不払いのときは、強制保険の保険会社を相手取つて保険金請求の裁判上の請求を先ずするのが極めて合理的かつ妥当である。

3  第二に、右の主張が容れられないとするも、自賠責保険金の受給額が原告ら主張のとおり査定せられ、しかも、原告らがこの査定を承諾した以上、本件事故による真実の損害額は、その査定どおりであつたわけである。そして、前掲約款第二章第三条第一項第二号によれば、被告会社は特約によつて加重された賠償責任をてん補しないことになつているところ、結局、本件和解は真実の損害(査定額、承諾額)に対して加重した特約であるわけであり、この加重分は、被告において訴外人に対しててん補する責任がない。

4  第三に、自賠責保険と任意保険との各保険者の保険金支払債務は、若し、前者が優先支払債務でないとすれば、共同不法行為責任に準じ、不真正連帯債務とみるべきであり、そして、不真正連帯債務についても民法第四三七条が適用もしくは準用されるから(大判大正三年一〇月二九日、民録二〇巻八三四頁)、免除には絶対的効力がある。しかるところ、原告らは自賠責保険金をその査定額を超える分を免除したことが明らかであるから、該免除の効力は被告にも及び、被告はさらに支払債務を負うことがない。なお、両保険金支払債務を不真正連帯債務とみた場合の被告の負担部分の金額は保険金額金三〇〇万円以内で自賠責保険金を超える金額であるは、説明の要をみない。なおまたこの場合、免除したのは原告らであり、訴外人ではないけれども、自ら被害者請求をした以上、訴外人と法律上同一に扱うのが合理的な法解釈であると信ずる。

5  第四に、原告らが自賠責保険の査定承諾をなし、その余の保険金支払請求権を該保険会社に対して放棄したことが相対的効力しかなく、とくに訴外人に対する関係で効力がないとすれば、訴外人としては依然原告らの放棄額を自賠責保険会社に対して支払請求する権利があるところ、前示保険約款により、被告は、訴外人が自賠責保険金を受領できないことが客観的理由により確定した場合における超過分しかてん補責任がない。

6  第五に、前記4で主張した民法第四三七条の規定が不真正連帯債務でないことを理由に容れられないならば、両保険金支払債務は損害額が両保険金額の範囲内である限りその損害額については分割債務というべきであつて、各保険会社は平等の割合をもつて支払いの責に任ずべく(民法第四二七条)、被告は本件和解による支払金額のうちその二分の一を超える部分については支払義務はない。

7  原告ら主張の請求原因8項の不法行為なるものは論外である。その前提そのものが誤りであるが、もし万一、その主張のごとき事実関係で被告の不法行為が成立するならば、逆に、原告らにおいて自賠責保険金の受給に関し手続を怠り、しかも、無断で被告の指示にもかかわらず査定承諾をなしたことこそ不法行為となるというべきである。けだし、かくして訴外人をして自賠責保険金の満額受領をすることを妨害し、その請求権を喪失せしめたことになるからである。

8  被告の以上の各主張は、順次予備的に主張するものである。

四  被告の主張に対する原告らの反論

1  原告らが、本件交通事故の損害賠償問題について昭和四二年一〇月一六日訴外矢田徳男となした訴訟上の和解は法律上の有効要件に何ら欠ける点はなく、訴外矢田徳男が被告らに対し、右和解に基づく債務を負担し、これと同額の損害を蒙つたことは否定し得ないところである。

2  しかしながら、訴外矢田徳男が右和解によつて負担するに至つた債務額を、そのまま被告に請求し得るかどうかについては、なお考慮しなければならない点がある。なぜならば、右訴訟上の和解が、事実上の損害に比し極めて過大であり、合理的な和解と認められないような場合には、被告としては、訴外矢田に対し合理的な損失額を限度としてしか保険義務を負担しないと主張することが許されるのではないかと考えられる。よつて、原告は訴外矢田が被告に対し、和解調書上の支払義務ある金額をそのまま請求し得る根拠として、次の二点を主張するものである。

(一) 本件和解は、事故の態様、傷害の程度等を考慮した場合、合理的な範囲を逸脱していない。特に裁判所という権威と経験ある第三者の仲介で成立したのであり、かつ和解当事者には弁護士が代理人として選任されていたのであつて、右和解が合理的なものであることは疑う余地がない。なお、訴外矢田の代理人であつた岩田弁護士は、被告会社の顧問弁護士であり、被告会社より派遺された形で訴外矢田を代理したものであり、同代理人が被告にとつて承諾し得ないような和解案をのんだり、あるいは被告が過大な債務を負担するような和解を承諾するようなことは、全くあり得ないのである。

(二) 第二に、被告は本件和解の成立にあたり、訴外矢田に対し承諾を与えていたものであつて、今更和解金額を否定することは許されない。すなわち、本件和解が最終的に煮えつまり、当事者間で金額が一致したので、訴外矢田は、被告に対し、電話で和解金額を伝えたところ、被告はそれでよいとのことであつたから、本件和解の成立を見るに至つたのである。その後、どのような事態が発生したのか知る由もないが、被告が本件和解を否定する根拠はどこにもないはずである。

3  しかるに、被告は、本件和解成立後、いつまでたつても保険金の支払をしないので、原告らはやむなく強制保険を自ら請求受領して、右和解金額に内入れしたのであつて、しかも、右強制保険金の受領に先立ち、昭和四三年一〇月一日付翌二日被告到達の郵便により、一〇日以内に右和解金額を支払うべきこと、およびその支払のない場合には原告らにおいて、直接強制保険金を受領するが、強制保険では金四一万〇、七一五円の査定をしているので、被告がその査定等につき、後日苦情を申し出ないよう念を押しておいたのである。なお、同日付の手紙で、訴外矢田に対しても右和解金の支払を申し入れている。このような原告らの誠意に対し、被告は沈黙をもつて答えたのであり、被告が、右強制保険金の受領につき、現在苦情を申し入れる筋合のものではないことは明らかである。

4  仮に原告らが強制保険金の請求および受領にあたり、金四一万〇、七一五円を超す請求分を放棄しているとしても、周知のとおり、強制保険は劃一的査定をするのが常であり、任意保険はその差額を補償する性格をもつもので、右差額について被告が支払義務を負担することはもちろんであり、かつ原告らの右放棄は被告および訴外矢田に対しては何らの影響もなく、訴外矢田または被告が、自ら独立して加害者請求として、再度強制保険金を請求受領する余地は残されているのであるから、被告の主張は法律的には何ら価値なきものである(原告らとしては、他に賠償を受け得る道があるので、査定額以上の請求をしないことを認めたに過ぎない。)。民法第四三七条が準用される根拠は全く存在しない。

5  なお、我国の自動車保険(以下任意保険という)を扱う損保業者においては、事故による実損害が自賠責保険の限度内であつても、自賠責の査定において、右実損害に充つる支払がなされない場合、実損害と自賠責の支払額の差額(これが被保険者が現実に蒙る損害額となる)を任意保険が負担支払うという商慣習がある。

ところで、加害者と被害者間で確定した損害額が自賠責の限度内であり、且つ自賠責の査定による支払額が、右確定した損害額を下廻る場合においては、その差額を何人が負担すべきかについては、(イ)加害者の負担、(ロ)任意保険の負担、(ハ)自賠責の査定が不当であり、自賠責が支払う、との三つの解釈がありうるが、我国の損保業界では、商慣習として右(ロ)の処理を行つているのが通例である。そして本件和解に当つては、右のような慣例を前提としつつ被告の顧問弁護士が加害者の訴訟代理人となり、加害者に対し、実損を負担せしめないことを前提として和解を成立せしめているのであるから、被告が、加害者からの保険金請求に対し、これを拒絶することは、当事者間の意思に背馳するものであり、また権利の濫用として許されないところである。

くり返し主張すると、訴外矢田が前記和解にあたつて被告の顧問弁護士に事件を委任した趣旨は、被告の顧問弁護士に委任して事件を進行せしめる限り、将来確定した債務はすべて被告がこれを負担することになる点にあるのであり、また被告の顧問弁護士が前記和解の成立にあたつて、被告会社の最終的了解をとりつけている趣旨も、前記和解成立の結果はすべて被告がこれを負担する点にあるのである。もし訴外矢田が、和解金額と自賠責の査定予定額との差額を自ら負担する趣旨であるならば、前記和解の成立にあたり、経済的損失を負担するのは被告ではなくて訴外矢田であるから、被告の了承をとりつける必要は全くないのである。右によつて明らかなように、前記和解の成立にあたり、被告は、訴外矢田に対し、前記和解により訴外矢田が原告らに対し負担する一切の債務は、被告においてこれを負担する旨、明示または黙示の意思表示をなしたものである。

第三  証拠<略>

理由

一次の事実は当事者間に争いがない。

1  昭和四一年八月一四日午後二時頃、原告功は自己所有の自動車に原告清美を同乗させ、岡崎市八帖町地内国道一号線の交差点中央附近に右折のために停止中、矢田徳男の過失により同人の運転する貨物自動車に追突され、その反動で前へ出たところ、偶々反対方向から進行して来た黒川晃運転の普通乗用自動車と衝突した。この事故により、原告功の自動車は大破し、同原告は頸椎むち打ち症、原告清美はむち打ち症の傷害を負つた。

2  この事故により、原告功は精神的肉体的苦痛を蒙り、同清美は同様の苦痛を蒙つたほか勤務先長期欠勤により得べかりし利益を失つた。

3  そこで、矢田徳男に対し、原告功は金七〇万円とこれに対する遅延損害金、原告清美は金七三万八、〇〇〇円とこれに対する遅延損害金の支払を求める訴を名古屋地方裁判所岡崎支部(同庁昭和四二年(ワ)第一〇八号)に提起した。

この訴訟は、岩田孝弁護士が矢田徳男の訴訟代理人となつて進行したのであるが、同人の運転していた自動車には保険金額を金三〇〇万円、被保険者矢田徳男、保険者被告とする自動車保険(対人賠償保険)が付されており、昭和四二年一〇月一六日別紙条項で訴訟上の和解が成立した。

4  しかるに、矢田徳男は右和解条項に定められた債務の履行をせず、被告も右和解条項に定められた金員の支払いを拒んだ。

5  そこで、原告両名はまず自賠法所定の自動車損害賠償責任保険金を請求し、原告功が金八万二、〇五八円、同清美が金三二万八、六五七円の支払をうけた。

6  前記和解条項における原告らの債権額と右支払をうけた各金額との差額は、原告功が金三八万五、一五五円、同清美が金一三万二、八〇三円となる。

原告らは、矢田徳男と被告との間の前示自動車保険契約により、保険者である被告が右金額を矢田徳男に支払うべき債務を負担することになつたものとして、名古屋地方裁判所岡崎支部に債権差押ならびに取立命令を申請したところ、同裁判所はこれを容れ矢田徳男が被告に対して有する債権(原告功の分、金四一万七、九四二円、同清美の分、金一七万一、三四三円、但し、この債権額は前記のとおり、夫々金三八万五、一五五円、金一三万二、八〇三円が正確である。)を原告らが直接取立てることができる旨の裁判をした。

7  この取立命令に基づく原告らの支払請求を被告は拒絶している。

二1  弁論の全趣旨によれば、矢田徳男の運転していた自動車について付されていた被告の自動車保険は、矢田徳男を被保険者とする対人賠償保険で、その保険契約の内容は自動車保険普通保険約款に従うものであつたことが明らかである。そして、右保険契約が昭和四〇年一〇月一日以降に締結されたものであることを被告は明らかに争わない。

右約款第二章(賠償責任条項)第一条第二項には、自動車が自賠責保険の契約を締結すべき自動車である場合の前項第一号の事由による損害(註、保険証券記載の自動車の所有、使用または営業に起因して他人の生命または身体を害することにより、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによつて蒙る損害)については、保険会社は、その損害の額が同法(註、自賠法)に基づき支払われる金額を超過する場合に限り、その超過額をてん補する責に任ずるとされている。自賠責保険契約により自賠法に基づいて支払われる保険金額は政令(昭和三〇年、政令第二八六号)で定められており(同法第一三条第一項)、傷害事故の場合は、傷害による損害につき金五〇万円を限度とする保険金と更に後遺障害が存する場合にはその程度に応じ同政令別表所定の保険金が、同判決第三条の規定によつて発生した保有者の損害賠償責任に基づく損害のてん補のために支払われる。

2  そこで被告は、前記訴外矢田と原告ら間の和解金額は、いずれも自賠責保険の限度額金五〇万円の範囲内であるから自動車保険普通保険約款(以下単に本件約款という)第二章第一条第二項により被告には責任はないと主張し、原告は、我国の任意保険業者間に、事故による実損害が自賠責保険の限度内であつても、自賠責の査定において、右実損害に充つる支払がなされない場合、実損害と自賠責の支払額の差額を任意保険が負担支払う旨の商慣習があると主張するのでこの点について判断する。

鑑定の結果ならびに証人神谷善栄の証言によれば、次の事実が認められる。

自賠責保険(若しくは自賠責共済)を付すべき自動車にあつては、事故発生時に当該自動車が自賠責無保険であつても、妥当な損害額から自賠責支払額(若しくは支払われる額)を控除したものが任意対人賠償保険の支払額となり、妥当な損害額が自賠責の限度内であつても、自賠責の実際の支払額よりも大きいときは、その差額が任意対人賠償保険の支払額となる。この取扱いは、日本に存在する外国の保険会社においても日本の損害保険会社と同様に行われている。そして昭和四〇年一〇月改正前の普通保険約款の賠償条項の支払条項では、自賠責の限度額を超えた場合にのみ対人賠償保険が支払われていたが、同年同月の改正により、前記のとおりの取扱いがなされるようになり、昭和四八年四月まで約七年間に亘つて右の取扱いがなされてきている。また、保険会社の承認(本件約款第三章一般条項第一一条第一項七号)を得ている交通事故被害者と加害者間の示談額あるいは和解額については、現実の自賠責の支払額との差額残額を任意保険が支払い、保険会社においても、自賠責の支払いについて、任意保険でも支払う用意があるときに始めて承認を行つている。そして、一保険会社の名古屋支店程度の規模において、自賠責の限度内で任意保険が支払われる件数が一ケ月一〇件を下らない。

右認定事実によれば、昭和四〇年一〇月以降、商慣習といえないまでも、次のごとき商慣習に準ずるもの(以下、準商慣習という)が存在するということができる。

すなわち自賠責保険と任意保険との関係は、妥当な損害額から自賠責支払額(若しくは支払われる額)を控除したものが任意保険の支払額となり、妥当な損害額が自賠責の限度額内であつても、自賠責の実際の支払額よりも大きいときは、その差額が任意保険の支払額となる。また、交通事故被害者加害者間の示談額あるいは和解額について、その額につき任意保険会社が承認したときは、現実の自賠責の支払額との差額を任意保険が支払う。

しかして、本件任意保険契約が締結されたのが昭和四〇年一〇月以降であることは前示のとおりであるから、右契約は承認の点を除き前記準商慣習の適用を受けることになる。

3  そこでさらに、本件和解に対する被告の承認の有無について判断する。

前記争いのない事実ならびに<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

訴外矢田徳男は、原告らから本件交通事故による損害賠償として、原告功は金七〇万円とこれに対する遅延損害金、原告清美は金七三万八、〇〇〇円とこれに対する遅延損害金の支払を求める訴を名古屋地方裁判所岡崎支部(同庁昭和四二年(ワ)第一〇八号)に提起され、同訴外人の運転していた自動車には保険金額を金三〇〇万円とする被告の自動車保険が付されていたので、被告に対しその旨連絡するとともに、第一回口頭弁論期日には代理人を選任せずに同訴外人自身が出頭した。その後の期日には、被告が訴外矢田の訴訟代理人として被告の顧問弁護士である岩田孝弁護士を指定してきたので、訴外矢田は同弁護士を前記訴訟の代理人として訴訟を委任し、その後の訴訟の進行は一切同弁護士にまかせ、その後は本件和解の成立に至るまで一切訴訟に関与しなかつた。他方訴訟は岩田弁護士と、原告ら代理人の中根庫治弁護士の関与のもとに進行し、三、四回の弁論期日と二回の和解期日を経て別紙のとおりの裁判上の和解が成立した。この間、弁論・和解の数期日には、訴外矢田側として岩田弁護士の外に被告の名古屋支店長奥田哲男も同裁判所に出頭しており、昭和四二年一〇月一六日の和解期日において、代理人間に和解の大綱が定まつた時点で、奥田支店長は本社の了解を得るために市外電話をかけ、その後に始めて本件和解が成立した。証人奥田哲男の証言中、会社には連絡はとつていない旨の供述部分は信用しない。

右認定事実によれば、被告は本件被害者たる原告らと加害者訴外矢田間の訴訟上の和解の内容について、訴外矢田に対し承認を与えていたものと推認するのが相当である。

4  そうすると、本件和解金額について前記の準商慣習の適用を受け、前記争いのない事実のとおり、被告は、原告功に対し金三八万五、一五五円、同清美に対し金一三万二、八〇三円および右各金員に対する本件債権差押、取立命令後である昭和四四年三月一四日以降、民法所定各年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることになる。

三被告の主張に対する判断

1  被告の主張2に対する判断は前示のとおりである。

2  同3については、本件事故による真実の損害額が自賠責の査定どおりであるということを認めるに足る証拠はなく、原告らが自賠責の査定に対し承諾書を入れた(成立に争いのない乙第一、二号証によつて認める)だけでは、他の残りの賠償請求権について何ら影響を及ぼすものではない(最高裁昭和三九年五月二一日判決民集一八巻四号五八三頁)から、被告の主張は前提を欠き理由がない。

3  同4については、自賠責保険と任意保険の各保険者の責任は不真正連帯債務の関係にはないから、この主張自体理由がない。

4  同5については、自賠責の査定は、保険会社が大蔵省に申請し認可を受けた事業報告書の一部である「自動車損害賠償責任保険損害査定要綱」に基づき行われるものであつて、証人神谷善栄の証言によつて認められるとおり、計算上の誤りはあつても、査定額が不当に高すぎたり低すぎたりすることはほとんどないから、特段の事情のないかぎり自賠責の査定は正当とみるべきである。そして、右特段の事情の認められない本件においては、自賠責の査定が正当である以上、加害者はそれ以上強制保険に請求できないと解するのが相当であるから、この主張も理由がない。

5  同6については、強制保険と任意保険は(保険金額の範囲内にて)いわゆる分割債務となるものではないからこの点の主張も理由がない。

四弁護士費用

債務者の履行拒絶が信義則上許容される範囲を逸脱し、実体法上の評価において違法性を帯び、不当抗争という新たな不法行為を構成すると考えられる場合には、債権者は訴訟のため支出した弁護士費用につき、右不当抗争から生ずべき通常の損害として、その賠償を求めることができると解するのが相当である。

そこで本件について考えてみるに、原告らが本件訴訟を弁護士に委任していることは記録上明らかであり、前記認定のように、被告は本件和解の内容につき承認を与えているのであるから前示準商慣習により被告が本件債務の支払い義務を負うべきことは明らかであり、しかも損害保険会社である被告としては、右準商慣習の存在を当然認識することができたのであるから、本件債務の支払いを拒絶したことは信義則上許容される範囲を著るしく逸脱しているものといわざるをえない。そして本件事案の内容審理の経過、認容すべき金額等の事情を考慮すると、原告らが弁護士に支払うべき弁護士に支払うべき弁護士費用中被告において負担すべき額は、原告功について金三万八、〇〇〇円、同清美について金一万三、〇〇〇円と認めるのが相当である。

五以上の次第であるから、前記金額を合計すると原告功について金四二万三、一五五円、同清美について金一四万五、八〇三円となる。被告は各原告に対し、右各金員およびそのうち、原告功に対する金三八万五、一五五円、同清美に対する金一三万二、八〇三円については、各昭和四四年三月一四日から、原告功に対する金三万八、〇〇〇円(弁護士費用)、同清美に対する金一万三、〇〇〇円(弁護士費用)については各本判決言渡の翌日から、各支払ずみまで、民法所定各年五分の割合による遅延損害金の支払い義務があるから、原告らの本訴請求は右の限度で正当として、認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九三条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(丸田武夫 川端浩 木下順太郎)

和解条項

一、被告は原告都築功(以下原告功と称する)に対し治療費ならびに慰藉料として金五〇万円、同都築清美(以下原告清美と称する)に対し、治療費、慰藉料ならびに得べかりし利益として金五〇万円の各支払義務があることを認める。

二、被告は原告功に対し右五〇万円の内、被告が既に支払つた治療費三万二、七八七円を差引いた残金四六万七、二一三円を昭和四二年一一月末日まで原告功方に持参または送金して支払う。

三、被告は原告清美に対し右五〇万円の内被告が既に支払つた治療費三万八、五四〇円を差引いた残金四六万一、四六〇円を昭和四二年一一月末日まで原告清美方に持参または送金して支払う。

四、原告らはその余の請求を放棄する。

五、訴訟費用は各自の負担とする。

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